だれでも飼える日本ミツバチ―現代式縦型巣箱でらくらく採蜜
「現代式縦型巣箱」と「可動式(人工)巣枠」で初めて可能になった日本ミツバチの管理養蜂。だれでもどこでも、“ミツバチらいふ”を。 (more...) [1] [1] http://ryokushodo.com/?p=662#more-662
「現代式縦型巣箱」と「可動式(人工)巣枠」で初めて可能になった日本ミツバチの管理養蜂。だれでもどこでも、“ミツバチらいふ”を。 (more...) [1] [1] http://ryokushodo.com/?p=662#more-662
昭和の初めにあって、音楽室、サンルーム、屋上庭園、応接室、共同浴場、洗濯場、売店、食堂など、豊かな共用施設が完備していた!その建物の生いたちから終焉まで、七十余年の歴史が、さまざまなことを私たちに語りかけてきた。貴重な証を未来につなげ、伝えたい。 本書より一文 大塚女子アパートにおける長い歴史は、都市型の住宅では、わずらわしいとして見過ごされてきた人と人との関係や出会いについて、共用空間のもつ様々な距離感が、いかに機能したかを伝えてくれる。 今日、住宅環境として重視されている四時間日照など性能平等の原則は、公共住宅より普及した。プライバシー重視の集合住宅のあり方は、民間の分譲マンションの代表的な価値観の一つである。大塚女子アパートは、そのいづれも合致しないが、緩やかな共同居住の場で多くの女性が育った。戦後、若くして母親と暮らした戸川昌子の小説「大きなる幻影」の発想の限定となり、駒尺善美の「友だち村」実現の原動力となったことは、空間構成に物語があり、また他で経験できない魅力があったことを示している。 目次 暮らした人々が語る 女性の社会進出とすまい 日本初と謳われた単身女子アパートメントハウス なぜ大塚女子アパートは解体されたのか 大塚女子アパートを未来につなげる 書評 北欧スウェーデンで広く認知されているコレクティブハウジング。子供や働く女性、高齢者など多様なライフスタイルに対応した集住形態のような位置づけが、昔の日本、同潤会大塚女子アパートメントハウスにあった。昔の建築家は「居住者の快適性や意見」よりも、日本の行く末を注視し、あるべき住宅の社会的な理想を掲げ、その理想に基づき建築を行っていた事に感動する。 当時、女性が単身で住む、という事に社会から違和感の目で見られていたことが伺い取れる。ただ、このアパートに住んでいた人たちは皆「緩やかにつながっている」事の安心を感じて快適だったようだ。この感覚がどこか新鮮。また、人付き合いの基本である「不要な干渉はしない程々の距離の取り方」を女史達はここで学んでいった。こういう人に過度に依存しない、精神的に独立した女性は、老後も幸せに暮らしているようだ。 最近注目を集めている「コーポラティブ住宅」を検討している人、興味がある人には参考になると思う。
小田原-江之浦でかなえるコロニヘーヴのある暮らし。コロニーへーブとは都会に住まう人々が週末に通える小屋のある家庭菜園を意味します。イェンスが小田原・江之浦でコロニーへーブをつくりはじめて1年。ますます充実してきたコロニーへーブの今までの記録。 本書より一文 小田原市江之浦。そこには料理研究家イェンスと地元、小田原片浦地区の有志の農家達が集まっていた。これまで日本になかった新しい家庭菜園の実現に向けてプロジェクトがはじまった。小田原コロニーヘーブ計画。家庭菜園+小さな休憩小屋。その素朴な発想は日本にはこれまでなかった考え方だろう。行楽感覚で、週末は畑に通い野菜やハーブを育て料理を作り、昼寝をする。週末のひとときを過ごす菜園。これがデンマーク式の家庭菜園、コロニーヘーブなのだ。 目次 進化し続けるコロニヘーヴの今 江之浦の自然素材で石釜づくり 江之浦コロニヘーヴの豊かな四季 イェンスの畑ごはん 僕達の試行錯誤の畑づくり 事件が対処法を生む にわかファーマーの知恵袋 HONDAの耕うん機がやってきた! エノコロ的小屋づくり 小屋の明かりは天窓からの自然の光 屋上緑化が生み出すエノコロにイイコト 海を見晴らすデッキがみんなの憩いスペースに
漆が人生を変えた。二十七歳からの職人修業。漆と格闘しながら知った日々使う漆器の美しさと輪島塗の奥深さ。塗師・赤木明登はいかにして生まれたのか。 本書からの一文 1985年、東京日本橋の百貨店での美術画廊。僕は、ここで初めて角偉三朗さんの作品展を見る。会場には漆塗りの椀、鉢、盆、重箱などが並んでいる。あくまでも物質というか、「モノ」なんだけれど、それらには、物質を超えたような何かがあった。 荒々しく漆を塗られた木の鉢が、深い野生動物のようにうごめいている。椀には口が付いていて、今にも喋りだしそうだ。四角の盆が「私はここにいるんだ」と、ドンと座っている。 これはいったいなんと言う事態だ。こいつら、モノなのに生きている。存在感、生命力、そんな言葉でおしまいにしたくないような生き生きとした何かがある。そして、内側から何かを放っているにもかかわらず、すべてが静かなのだ。 目次 偉三郎さんに出会う 習うということ 世界との違和感 空洞を描く 漆職人への道 親方 弟子入り前 弟子に入る 新しい暮らし 著者紹介 赤木 明登 塗師。1962年、岡山県生まれ。1985年、中央大学文学部哲学科卒業、世界文化社入社。1988年、退社し、輪島市三井町へ移住する。1989年、輪島塗下地職・岡本進に弟子入りする。1994年、年季明け後、独立。和紙を用いた独自の漆器づくりを始める。1997年、ドイツ国立美術館「日本の現代塗り物十二人」に選ばれ、2000年、東京国立近代美術館「うつわをみる―暮らしに息づく工芸」に招待出品。ヨーロッパ最大のデザインミュージーアム、ピナコテーク・デア・モデルネ(バイエルン州立応用芸術美術館)に作品が収蔵される。洗練された温もりのある作品が、内外において高い評価を受ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
アーユルヴェーダ医師が指南する睡眠本。アーユルヴェーダの正しい知識に基づいた体質にあった脱ダメ睡眠のコツを取り入れて、いい睡眠を。体質別・原因と改善策をチェックします。 毎日ちゃんと睡眠をとっているから大丈夫だと思っていませんか?朝スッキリ起きられない、遅寝遅起、二度寝、ソファーでうたた寝、電車で居眠り……こんな睡眠は危険です!また、いま体調不良や心の不安をちょっとでも抱えている方も要注意!!あなたの睡眠は、心身に悪影響を及ぼすダメな睡眠かもしれません。 ◆朝は頭がボーッとするのでコーヒーを飲んで目を覚ます ◆昼食後に眠くなる ◆カフェインで眠気をとって夜中に仕事をしている ◆床につくと、からだがかゆくなって寝られない ◆寝不足が続くと頭痛や便秘になる ◆週末に寝だめをする ◆手足が冷えて眠れない ◆毎晩、寝酒をする ◆最近、記憶力・判断力が鈍くなってきた 思い当たる症状や習慣がある方は、病気の原因となる毒素ができやすくなっているかもしれません。 目次 第1章 睡眠の善し悪しが人生を左右する(「疲れたから寝る」は間違っている!ダメな眠りは本当に危険! ほか) 第2章 こんな睡眠は大丈夫?間違った睡眠45(ヴァータの乱れに関係したダメ睡眠ピッタの乱れに関係したダメ睡眠 ほか) 第3章 脱ダメ睡眠10のコツ(寝る前のひと工夫で脱ダメ睡眠一日の過ごし方をひと工夫して脱ダメ睡眠 ほか) 第4章 自分の体質を知る(本来のわたしはどんな体質?プラクリティ・チェック今の体質はどう乱れている?ヴィクリティ・チェック ほか)
床暖房はもったいない?こんなにいいことがあります!これ全部で光熱費は月々約3,400円!今年の冬こそ、つらい足の冷えとサヨナラしませんか? 書籍の内容 1章 床暖房のある暮らしってどんな暮らし? ・床暖房ノススメ ・床暖房のある暮らし ・暮らしの中の暖房 ・床暖房使用実態調査〈Part1〉〈Part2〉 2章 床暖房ってなんだろう? ・温水式暖房システムと床暖房 ・日本における床暖房の現状 ・世界の床暖房の歴史 ・床暖房快適性の理論と実践 ビアネ・オレセン 3章 床暖房は環境にやさしい? ・住宅の環境性能 ・床暖房の環境性能 ・居室の熱損失係数 ・暖房方式と温熱環境・室内投入熱量 4章 床暖房は健康にいい? ・日本の文化と健康 ・床暖房の九つの効能 5章 床暖房はどうやって生まれ、どうやって動いている? ・床暖房のしくみ ・床暖房誕生の歴史 6章 床暖房を組み込むには? ・住宅における暖房と断熱性の関係 ・実際の工事はどのように進む? ・床暖房のある快適な家 事例集 1 戸建て新築/二つのテラスと坪庭のある家 2 戸建て新築/光を楽しむコートハウス 3 戸建て新築/南北の庭から景色を楽しむ家 4 戸建て新築/5人家族が暮らす2世帯住宅 5 戸建てリフォーム/安眠できる暖かい寝室にリフォーム
環境にやさしく、自分らしく、心地良く素足で暮らせる快適な木の家。 冬暖かいほうがいい。夏は涼しく過ごしたい。自分たちらしく快適に暮らして、でも二酸化炭素は減らしたい。私たちの生活が地球環境に大きな負担をかけ、そのため気候の変動を含めてさまざまな問題が現れてきていること、そして、そのような負担を与える生活のあり方を変えなければならないことは、いま、誰もが気づいています。 木の家の良さを生かしながら、太陽のエネルギーを家の中に取り込んで冬の寒さを和らげ、夏にはその熱を家の中に入れずにお湯採りに利用し、さらに風通しの工夫で自然の心地良さを招き入れる、そんな家づくりを可能にしてくれるのがOMソーラーです。住まい手の暮らしを容れる器として、快適で住みやすい家をつくりながら、地域の自然や産地の再生・維持につながり、地球環境への負荷を減らすOMの家。 この特集号では、そんなOMの家づくりの全体を、住まい手たち、つくり手たちへの取材などでまとめました。より良い暮らしのために、このOMソーラー特集号がそのヒントになれば幸いです。 書籍の内容 ・OMの家に暮らそう ・山からまちへ 環境共生住宅は近くの材でつくる ・地域工務店だからできる確かな家づくり ・OMソーラーシステムの仕組み ・OMソーラー関連の動き エコスカイルーフ他 ・職人ばなし覚え帖 文・齋藤一夫 ・OMソーラー会員リスト ・OMソーラーの家と暮らし チルチンびと ホームページより抜粋
イギリスの貴族社会を飛び出し、インドを旅してきたベニシアが、日本の里山で見付けた幸せの種。34のエッセイと、24のメッセージ。日本の自然と伝統文化をこよなく愛するイギリス人女性ベニシア。京都・大原の里山で、築100年の民家に住み、コテージ・ガーデンを作りながら暮らす中で、少しずつ見えてきた、植物の力、環境問題や食の安全、これからの教育や職業の選択などについて語ります。 本書より一文 庭のチューリップやスイセンの花びらに比叡山の肩から顔を出した柔らかな陽が戯れ、朝霧がキラリと輝いています。家族がまだ寝ている時間、私は庭のハーブの手入れや書き物をしてひとりの時間を楽しみます。朝日を浴びて活気づいていく草花や野菜たち。モンシロチョウが飛び交い、野鳥のさえずりが聞こえます。そんな素敵な朝はここに住むことを許してくださった神様に自然と感謝の気持ちが湧いてくるのです。 目次 私の小さな農家と庭 ハーブから元気をもらう ハーブに導かれて 妖精が棲む大原の自然を次世代に 生き方の選択 新鮮で安心できる食べ物 著者について ベニシア・スタンリー・スミス (Venetia Stanley-Smith) ハーブ研究家。1950年、イギリスの貴族の館で知られるケドルストンに生まれる。 19歳の時、貴族社会に疑問を持ち、イギリスを離れインドを旅する。71年に来日。 78年より京都で英会話学校を始め、現在の「ベニシア・インターナショナル」を設立。96年、大原の古民家へ移住してハーブガーデンを作り始める。 四人の子供と二人の孫を持つ。ハーブやガーデニングに関する記事を雑誌や新聞に執筆。
「世界で最もエコな街」「21世紀型グリーンシティー」などとして賞賛されているドイツ・フライブルク市に住む著者が、さまざまな環境保護の取り組みを紹介している良書。なつかしい未来の街の姿が描かれています。 出版社/著者からの内容紹介 徹底した省エネと自然エネルギーの利用で、通常の住宅地に比べ、エネルギー消費を半減、二酸化炭素排出を7割削減。さらに画期的なマイカー抑制策で、自動車所有者が自転車所有者の10分の1という車のないまちを実現。環境先進国ドイツで最も野心的なサステイナブルコミュニティを住民主導で成功に導いた軌跡に迫る。 内容(「BOOK」データベースより) 徹底した省エネと自然エネルギーの利用でエネルギー消費とCO2排出を激減させ、画期的なマイカー抑制策で車のないまちを実現。数々の輝かしい取組みを住民主導で成功に導いた軌跡に迫る。 内容(「MARC」データベースより) 徹底した省エネと自然エネルギーの利用でエネルギー消費とCO2排出を激減させ、画期的なマイカー抑制策で車のないまちを実現させたドイツの住宅地ヴォーバン。数々の輝かしい取組みを住民主導で成功に導いた軌跡に迫る。 著者について 1971年、飛騨高山生まれ。岐阜工業高等専門学校で土木工学を学ぶ。卒業後、ゼネコンの現場監督として首都圏の人工埋立地を担当し、環境破壊の惨状に疑問を感じ、環境首都で有名なドイツ・フライブルク市へ留学。ドイツの環境行政を独学。現在は主夫と兼業で、翻訳・通訳、環境視察のコーディネート、NPO エコロジーオンラインのフライブルク通信員、各種新聞や雑誌に寄稿。著書に『カーシェアリングが地球を救う』(洋泉社、2004)、訳書に『エコロジーだけが経済を救う』(洋泉社、2003)。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 村上 敦 1971年、飛騨高山生まれ。岐阜工業高等専門学校で土木工学を学ぶ。卒業後、ゼネコンの現場監督として首都圏の人工埋立地を担当し、環境破壊の惨状に疑問を感じ、環境首都で有名なドイツ・フライブルク市へ留学。ドイツの環境行政を独学。現在は主夫と兼業で、翻訳・通訳、環境視察のコーディネート、NPO エコロジーオンラインのフライブルク通信員、各種新聞や雑誌に寄稿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 抜粋 最近、日本から多くの方々が持続可能な都市計画やまちづくりの調査という名目でフライブルク市を訪れるようになってきた。以前は日本からフライブルク市への視察といえば、公費を使ってのゴミ問題一本やりだったから、自費で、あるいは苦心して獲得した研究費で、しかも目標が持続可能な社会を探るようになったことは大きな進歩ではないかと思う。なぜならフライブルク市は、なにもゴミ処理でドイツの環境首都になったのではなく、環境保護政策の全般が認められて、つまり新しい言葉を使うならば、「循環型で、持続可能な、将来性ある自治体」として、環境首都や数々の栄誉、名声を手に入れてきたのだから。 さて、そんなフライブルク市を訪れた視察者のお世話をしていると、夕食の席などで必ず現地在住の私に尋ねられることがある。「一口で言うと、どのようにすれば日本の自治体も持続可能になるとお思いですか?」、あるいは「何が持続可能な自治体に必要なポイントだと思いますか?」という難問である。この難問にまともに立ち向かうのであれば、一口で済む答えなど見つかるはずもない。したがって、酒の席だからという理由もあって、斜に構えこう答えるようにしている。「循環型で持続可能な自治体のための必要最低条件は、人口が減らず、増えないことです。つまり人口の年齢分布がほぼ一定でなければなりません。そして同時にその自治体で必要とする、あるいはそこで消費される資源、エネルギー、食料の量と同量が、その自治体で生産されていて、その資源は再生可能であることでしょう」当然そんな自治体が日本やドイツにあるはずがない。あまりにも私たちが生活している現実と今流行の「持続可能な開発」という目標には違いがあり、現代のいわゆるグローバル化している社会では、ある自治体が完結して自給自足を満たすことなど実現できる見通しすらない。したがって私は「持続可能な自治体、あるいは社会」とは何かを知らないことになる。もちろん本書でもそれを解き明かすことはできないし、本質的な意味で、石油文明に生きる我々一個人が持続可能な社会に向かってすぐにでも何かのアクションをとれるとは思わない。賢明な読者には、他の視点でこの本を手にとって欲しいと思う。 「持続可能な開発」という言葉の定義は、あらゆる場面や見方で異なり、いまだに定まった用語として定着していないと私は考えている。なんとなくよさそうだから、とにかく環境保護やまちづくり、気候温暖化対策の場面で使っておこうという域を出ていない言葉ではないか。したがって、本書では幼稚ではあるが、「魅力的」、あるいは「将来性ある」という言葉をキーワードに、まちづくりや社会基盤整備について探ってみる。魅力的なまちや将来性あるまちは、基本的な線では、循環型で持続可能なまちに向かっていると考えるからだ。 また本書は、私の経験や見識からまちづくりを述べる書ではなく、それに私にはたいした見識もない。ただ私の在住しているフライブルク市には、ヴォーバンと呼ばれる住宅地がある。最近、日本からフライブルク市を訪れた方のほとんどは、このヴォーバン住宅地に視察に行かれている。そこで私は、その住宅地で取り入れられている様々な「まちを魅力的にする手法」「将来性あるまちにするための決まりごと」を紹介しようと思う。本書を読まれた方が、こんなまちに住みたいというイメージを持ち、そしてその中の一部の人でも、自身の住むまちをそのイメージに向かって変えていこうと実際に動かれるのであれば、大変光栄である。 <注> 本書中では、往々にしてドイツと日本を対比した。ただし、人口と経済活動の一極集中の著しい日本の大都市と空洞化の激しい地方を、都市計画の場面において一口で日本と呼ぶことはできない。本書では、容積率が優に300%を超えるような、とりわけ小泉政権が「都市再生本部」で対象とした地区などを日本とはみなしていない。理由は、そのようなレベルの取り組みはドイツには存在しないからだ。人口20万人のフライブルク市で行われた都市計画、まちづくりは、日本の地方都市、あるいは都市周辺のベッドタウンとのみ対比可能であることを考慮していただければ幸いである。 フライブルク ドイツ南西部の最端に位置するフライブルク市は、フランスへ車で40分、スイスへ50分という国際的な小都市である。人口は21万人を少し上回る。さらに都市としての国際色を高めているのがフライブルク大学の存在だ。1457年創立という歴史ある大学には、11の学部が数えられ、市の人口の1割に当たる約 22,000人の学生を抱えている。学生総数の16%が外国人であることは、ヨーロッパでも有数の高等教育機関として存在していることを証明している。このまち最大の産業は、大学・研究産業である。 市の中心部には、中世の街並みが残され、ゴシック様式のすばらしい塔を伴った大聖堂が観光客を惹きつける。さらに市の背後にはシュヴァルツヴァルト、黒い森が控えている。黒い森散策の居心地の良い拠点としてのフライブルク市は、観光都市の顔も持ち合わせているのだ。目前に広がるライン川平野には、ブドウ畑が折り重なり、ワインの一大生産地となっている。この地域はドイツで最も日射量が多いため、ドイツワインでは珍しい高品質の赤ワインが産出される。 そんな都市に環境保護の兆しが見え始めたのは、学生運動、社会運動の時代、1968年からである。学生によるAPO(国会外・野党)運動は盛んになり、ベトナム戦争反対、権威との戦い、そして男女の同権や性の自由が叫ばれた。70年代に入るとこの動きは、一般的な反戦・反核運動へと、とりわけフライブルク市では原子力発電所への反対運動が盛んになる。こうして芽生えた原発反対運動は、各種の自然破壊の現状と重なり、環境保護運動へと共鳴してゆく。1972 年には、市街地中心部への車の乗り入れの禁止、自転車交通と路面電車の拡張が政策として取り入れられるようになったのも、まさにこの時代背景によるものと言えるだろう。 現在では、ソーラーエネルギー、公共交通・自転車交通政策、都市計画、緑の保護条例などをキーワードに、自他共に認める環境保護をリードする都市として、フライブルク市の名は世界的に知れ渡っている。 amazon.co.jpより抜粋 [1] [1] http://www.amazon.co.jp/gp/product/4761524197?ie=UTF8&tag=lohasingnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4761524197
書籍名:田舎の探し方 全国153自治体の「田舎暮らし体験」プログラム226。 (more...) [1] [1] http://ryokushodo.com/?p=301#more-301
人のおうちの台所って、どうしてこんなに楽しいのだろう。 その人の暮らしぶりがいちばん見えてくる場所、食器棚。人気スタイリストが、日ごろから気になっていた19のおうちやオフィスを訪ねて、台所へ直行! きちんと、おおらか、渋いのピカピカなの……それぞれの生活があらわれる食器を並べ、料理もさせてもらいました。もちろん全品レシピ付。いつもの食器がかわいく見える、うつわ使いの教科書決定版! 著者 伊藤まさこ/著 イトウ・マサコ 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。文化服装学院でデザインと服作りを学ぶ。料理や雑貨、テーブルまわりのスタイリストとして、数々の女性誌や料理本で活躍。なにげない日常に「かわいらしさ」を見つけ出すセンスと、地に足の着いた丁寧な暮らしぶりが人気を集める。近著に『フランスのおいしい休日』『東京てくてくすたこら散歩』『まいにち、まいにち、』『京都てくてくはんなり散歩』など。
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