ヴィレッジフォン グラミン銀行によるマイクロファイナンス事業と途上国開発

グラミン銀行のヴィレッジフォン・プログラムは、農村の貧しい女性たちに、救いの手をさしのべる事業となるはずであった。マスメディアが伝え得なかった実態を、詳細な現地調査により明らかにする。マイクロクレジットを活用した社会開発プロジェクトの効果と問題点に迫る。 本書より一文 ユヌス博士は次のようなアイデアを得た。人々は、やる気や知性、あるいは身体的能力に欠けているから、すなわち個人的な資質に欠けているから貧しいのではない。資本の欠如という構造的問題故に貧しいのだ。 目次 途上国開発とマイクロファイナンスの展開 バングラデシュのNGOとグラミン銀行 ヴィレッジフォンの盛衰と貧困の克服 ヴィレッジフォンとエンパワーメント バングラデシュにおける移動体通信網の展開 書評 2006年のノーベル平和賞を受賞し一躍「社会起業家」として時の人となった、グラミン銀行ムハマド・ユヌス総裁。同行の無担保での小口融資の返済率は98%と言われているが、その返済率を実現している背景には「保証人」の仕組みがある。借りる人が「5人組」を作り、返済は連帯責任制となっている。この仕組みについて知っている人は少ないのではないか。村の人達の連帯感を活用したビジネスモデルだ。 こういう綿密が戦略があり成功した金融サービスの次にグラミン銀行が仕掛けたのが、このヴィレッジフォンというテレコム事業。グラミン銀行の社員がマイクロクレジットを活用して携帯電話を購入し、それを住民に貸し出し利益を得る、といういわば金融事業だ。報道ではこのヴィレッジフォン事業の成功が報道されており、実際に2003年頃から急速に事業が拡大しているようだが、現地調査によりその実態に迫った書籍。 例えば、成功要因の一つはバングラディッシュの地形にあった、という点。山間部がなく殆ど平地なので電波障害に苦慮する必要がないので、インフラが整備がコスト的にも人的にも比較的容易だったという話など。 グラミン銀行グループの今を詳細に知る事ができます。

中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚

『菜根譚』はおよそ四百年ほど前に、中国・明代の学者、洪自誠によって書かれた処世訓です。日本には江戸時代末期に伝わり、これまで非常に多くの人から愛読されてきました。中国よりも日本でよく読まれていると言われるほどです。 特に経営者や政治家、文化人に座右の書としている人たちが多く、東急グループの創業者・五島慶太、元首相・田中角栄、小説家・吉川英治、元巨人軍監督・川上哲治など、そうそうたる顔ぶれが愛読者だったと知られています。 本書(はじめに)より一文 中国は処世訓の国である。様々な書が工夫を凝らし処世の術を説く。その中でも、処世訓の最高傑作とされるのは、中国・明代の学者、洪自誠によって書かれた菜根譚(さいこんたん)である。「菜根譚を読む」と題して、現代的視点から解説を加えていく。 著者について 洪自誠(こう じせい) 明代の人。詳しい経歴は不明。儒教・仏教・道教を深く学び、互いに足りない部分を補って練り上げた人生訓の書が『菜根譚』である。 訳者プロフィール 祐木亜子(ゆうき あこ) 山口県生まれ。東北大学経済学部卒。日本での4年間のOL経験を経て中国西安の大学に留学。その後、上海の法律事務所で翻訳・通訳業務に携わる。現在は中国関係の著作に関わる傍ら、日中関係及びコミュニケーションに関する講演活動を行う。 著書に『となりの中国人』(小学館)などがある。 書評 処世訓というと、くどくどとした談義をイメージするが、菜根譚の内容は明快で簡潔な言葉の連続。例えば「自画自賛するものは成功せず、自分の仕事を誇る者は長続きしない」という訳など。 菜根譚のニュアンスは「全体的にゆるい感じ」。対人関係や仕事においても少し譲ること、ゆるやかに対応すること、を推奨している。理由は、自分が持続的に前に進む為の唯一の策である、ということから。 また、時代には3つに分類できるとのこと。治世(政治/社会が安定している時)、乱世(政治/社会が不安定な時)、世の末(政治/社会とも行く末が見ている時)、それぞれの時代にそれぞれの振る舞い方がある、言っている。 さて、今の時代は、治世なのか、乱世なのか、世の末なのか。。。

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった

内容紹介 「最悪の選択肢は、何もしないこと」。そんな言葉で締めくくられた1通のメールから、すべては始まった。自分で選んだ人生を生きようと決め、いまや世界が注目する社会起業家となったジョン・ウッドは、私たちにこう問いかける。 「僕は、『できない理由』ではなくて『どうすればできるか』を考えたいんだ。君はどうだい?」 ――彼の言葉にあなたがアクションで応えるとき、世界は変わりはじめる。 マイクロソフトに入社するや頭角を現し、30代前半で早くもオーストラリア・オフィスのマーケティング・ディレクター。それが、本書の主人公ジョン・ウッドのそもそもの肩書きだった。企業戦士の“特殊部隊”として働きづめの毎日を送っていたウッドは、あるとき休暇をとってネパールのトレッキングに参加しようと思い立つ。都会の喧騒とはいっさい無縁の美しい風景。だがそこで、ウッドはネパールの厳しい現実をも目の当たりにする。たまたま立ち寄った地元の学校では、どう見ても定員35人の教室に70人の生徒たち。つづいて案内された図書館には、わずか数冊の本しかない。ダニエル・スティールの恋愛小説(表紙では服のはだけた男女が抱き合っている)、ウンベルト・エーコの分厚い小説(イタリア語)、ロンリープラネットのガイドブック(モンゴル版)……。 バックパッカーが置いていった本は、幼い生徒にはむずかしすぎた。ウッドはこのとき、校長とひとつの約束をする。子供たちが生涯、本を好きになれるようなすばらしい図書館をつくるために、本を持って学校に戻ってくると。カトマンズの市街地に戻った彼は、インターネットカフェから150人の友人知人にメールで訴えかけた。 「だから協力してください! 送料や手数料は、すべて僕が負担します。友だちにも声をかけて! だれだって、人生で何かを変えたいと思っている。そのチャンスです。 みなさんにとっては小さなことでも、貧困と故郷の孤立ゆえに教育を受けられない子供たちにとっては、大きな変化を起こせるのです。 最悪の選択肢は、何もしないこと」――。 あれから9年。 マイクロソフトのマーケティング・ディレクターは、途上国の教育機会を支援する組織「ルーム・トゥ・リード(Room to Read)」のCEOになった。これまでに建設した学校は287校、図書館3540カ所、届けた本は140万冊(2007年6月現在)。短期間でこれだけの成果をあげることができた秘訣の数々を、ウッドは本書で明かしている。彼の功績は本国アメリカでも称えられ、いまや押しも押されもせぬ社会起業家として世界各国の人々の耳目を集めるところとなった。 もしもあなたが、世界を変える手助けをするために自分の人生を少し変えてみようと思っているなら、ウッドのメッセージに耳を傾けてほしい。そして、彼の呼びかけに行動で応えてほしい。たとえそれがどれほど小さなことであっても、あなたのそのアクションこそを必要としている人たちが必ずいるのだから。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ジョンウッド ケロッグ経営大学院でMBAを取得後、数年の銀行勤務を経て、1991年にマイクロソフトに入社。30代前半で国際部門の要職に就き、オーストラリアと中国に赴任した。大中華圏の事業開発担当重役を務めていたとき、人生の針路を転換して、途上国の子供に生涯の教育という贈り物を届け貧困のサイクルを断ち切るために、手を差し伸べようと決める。1999年末にNPO「ルーム・トゥ・リード」を設立。ネパール、インド、スリランカ、カンボジア、ラオス、ベトナム、南アフリカ等で識字率向上のために活動している 矢羽野 薫 千葉県生まれ。会社勤務を経て翻訳者に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) amazon.co.jpより抜粋 [1] [1] http://www.amazon.co.jp/gp/product/4270002484?ie=UTF8&tag=lohasingnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4270002484